ふと思う。。。もなかの気持ち

ふと思うのですが、

若い時代は、やけに人に気を使ったり、

傷ついたことや、悩んだ事が多かったけれど、

最近というか、近年というか、

変な気遣いや、傷つくことが少なくなってきたように感じます。

 

まあ、50代という、

年齢のような感じもするのですが、

 

その年齢的なもので、なぜ気が楽になるのか、

ちょっと考えてみました。

 

やはり経験によるものが

大きいのではないかと思いました。

 

たくさん失敗したり、

傷ついて、落ち込んで、

なんとか浮上を繰り返すたびに、

手応えがわかってくるんですよね。

 

私の場合、若いときは特に、

自分がさっぱり分かっていなかったこと。

 

本来の自分らしさではなく、

こうでありたい自分が自分であると思っていたこと。

 

わからないから、必要以上に自信がなくて、

ネガティブにとってしまっていたこと。

 

ものの捉え方って、

自分の心そのものなんです。

 

心理学の理論でも、

「自分の持っている特性は、相手にもあると思う」

という理論があります。

 

「あ、この人、人のことと言いながら、それ自分のことじゃない?」

ってことがありませんか?

自分では気が付かないこともあるので、

気をつけたい部分ですね。

私も気を付けています。

 

私は今も自信がないところが

たくさんあります。

 

自信がなくて、コンプレックスに思っても、

自信がないことも受け入れて、

そんな自分も自分なんだって、

考えるのがいいとよく言われますが、

私は、できることは、

必死に頑張ったこともありました。

 

どうしようもないことは、

そのままですが、

年を重ねると、

コンプレックスを刺激されても、

若いときほど、敏感に反応しなくなるんです。

 

ひとつの例ですが、

精神科医の樺沢紫苑先生も、

うつ病などの疾患は、

年齢を重ねると良くなってくることがあると言っています。

 

どうしてなのかはわかりませんが、

私が考えるに、神経細胞も老化して、

若いときより、鈍感になるのでは?と考えました。

病気だけではない、話だと思いました。

 

それに、経験から、

「これは、傷つくぞ」

「このパターンは気まずくなるぞ」

って予測がつくようになったと思います。

そうすると、そうなる前に回避したり、

引いたり、気をつけることができるようになりました。

 

不器用な人でも、場数を踏めば、

慣れてくると思うのです。

 

いくつになっても、素直でいることも大切ですね。

 

そして、人とのコミュニケーションで話をするときの

主語は大切にしたほうがいいと思います。

 

この主語がないことで、

私は誤解されることが多かった気がします。

「〇〇なのよ〜」と人に伝えるときに、

主語がないことによって、

相手の心の状態で、

どんな解釈になるかわからないんですよね。

 

「これは〇〇だから、〇〇と思うから、私は〇〇なのよ〜」

と伝えると、誤解が少なくなるように思います。

 

「私は〇〇なのよ〜」といきなり伝えると、

確実に誤解が多くなります。

 

そして、自分のことを伝えるときも、

相手が話した直後に、「私は〇〇」

もしくは、「私は〇〇がいい」などと言うと、

相手は否定されているように感じるのではないかと思います。

そんなことをいう私も、人と気まずくなったことがあります

 

なので、私が気をつけていることは、

相手が話した後は、

しばらく聞き役になって、

遅れて、自分の意見を言うようにしています。

 

そして、どうでもよいことは、

秘密主義にならずに、

話してしまうこと。

これ、とても大切だと思います。

隠せば隠すほど、

相手は違和感を感じるのか、

仲良くなれないし、

誤解をまねきます。

 

このケースはリアルの場合なんですが、

リアルもネットも共通点はあると思います。

 

ネット上のコメントについては、

まだ研究中です。

 

 

50代になって、

私が思うのは、

人って、人で苦労するけれど、

幸せや楽しさも、人で感じると、

幸せ感が増すと思います。

 

チャンスがあったら、

チャレンジして、

経験できることは、

どんどん経験していくのが

いいと思います(^_-)-☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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